「最後の乗客」
2024年10月26日(土)シネマ・ロサにて。午後3時30分より鑑賞(シネマ・ロサ1/C-8)
~タクシー運転手と3人の謎の乗客。「震災を風化させない」という強い思い
東日本大震災から13年が過ぎ、報道等も少なくなってきたと感じる。震災が風化しつつあるのは事実だろう。そんな中で「震災を風化させない!」という強い思いを持つ映画が「最後の乗客」だ。
ニューヨーク在住でMVなどを手掛けてきた堀江貴監督が、震災で被害を受けた故郷・仙台への思いを映画にすべくクラウドファンディングを実施して製作した。
映画は海の風景から始まる。そこに震災から10年が経過したことを告げるテロップが入る。さらに、震災の深い傷跡が映し出される。
そしてドラマが始まる。東北の地方都市の駅前で客待ちをするタクシー。運転手の遠藤(冨家ノリマサ)が同僚から、深夜の人気のない歩道に1人たたずむ女の噂話を聞く。冗談めかした話で遠藤は聞き流す。だが、その直後、彼が深夜の住宅街でタクシーを走らせていると、噂に聞いた通り歩道で1人の女性(岩田華怜)がたたずみ手を挙げる。車に乗り込んできた女は顔をサングラスとマスクで覆っていた。行き先を聞くと「浜町」という。
遠藤は車を出すが、すぐに路上に小さな女の子と母親が飛び出してくる。どうしても乗せてくれという母娘も仕方なく同乗させると、行き先はこちらも「浜町」だという。奇妙な3人の客を乗せて、浜町に向かって車を出そうとする遠藤だが、なぜか車は動かない……。
この映画の上映時間はわずか55分。それゆえ描き足りないところもあり、盛り上がりにやや欠ける感じもする。
だが、それでも良くできた映画だと思う。序盤はミステリー仕立てから始まる。遠藤が乗せた3人の客は誰なのか。怪談めいた噂とは、どういう関係があるのか。
まあ、ネタバレ気味なのだが、最初に乗った女は実は遠藤の娘なのだ。遠藤は妻を亡くしたらしく親一人子一人。娘に愛情を注ぐものの、それが空回りして2人は仲違いしたらしい。気まずい空気が2人の間に流れる。
それなら後から乗った母子は誰なのか。これについてもだいたい察しが付く。
だが、次第に明らかになる遠藤の正体については正直なところ驚かされた。え? まさか。そういうことなの……。
そのあたりの詳細は伏せるが、遠藤と3人の客を中心にまるで舞台劇のような濃密なドラマが展開する。そして、いつの間にかドラマは様相を変え始める。
そこでは、生者と死者が当たり前のように交流する。震災で亡くなった人には心残りがあったに違いなく、生き残った人にもどうしても伝えたかった思いがあったに違いない。だからこそ、両者の交流は決して不自然なものではなく、むしろ自然なこととして受け止められるのである。
生者と死者の思いが交差する終盤は、感涙必至だ。大事な人を失った経験があれば、なおさらだろう。ミステリーから出発したドラマは、優しさにあふれた感動のヒューマンドラマへと見事に着地するのだ。
その涙は国境も超える。本作は多くの海外の映画祭で高く評価されているという。万国共通の思いが、そこにあるのだろう。
映像も見応えがある。夜の場面がほとんどだが、登場人物の心の揺れをうまくとらえている。撮影の佐々木靖之は、最近では黒沢清監督の「Cloud クラウド」を撮るなど著名な監督の作品を担当している。
俳優は「侍タイムスリッパ―」で時代劇スターを演じた冨家ノリマサがタクシー運転手を演じて、いい味を出している。さすがにベテランらしく安定の演技だ。一方、岩田華怜は「AKB48」の元メンバー。最近は俳優として活躍しているらしく、本作でも存在感ある演技を披露している。ちなみに彼女も宮城県仙台市出身。それだけに特別な思いがあったのかもしれない。その他のキャストもなかなかの演技を披露していた。
こういう震災を素材にした映画は、震災から少し経った頃には何本が製作されたが、最近はあまり見られない気がする。
そういう中で、堀江監督が「震災を風化させない」という強い思いを持って製作した本作は、大きな意味を持つと思う。十分に観る価値のある作品だ。
◆「最後の乗客」
(2023年 日本)(上映時間55分)
製作・脚本・監督・編集:堀江貴
出演:岩田華怜、冨家ノリマサ、長尾純子、谷田真吾、畠山心、大日琳太郎
*シネマ・ロサほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/lastpassenger/
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