「毒親<ドクチン>」
2024年4月15日(月)ポレポレ東中野にて。午後3時より鑑賞(E-7)
~女子高生は自殺か、殺されたのか。ミステリーの中に母と娘のゆがんだ関係を織り込む
ポレポレ東中野に行くのは久しぶりだ。ここはドキュメンタリーを中心に上映しているので、なかなかそこまで追いかける余裕がないのだ。しかし、この日に観たのは劇映画。韓国映画「毒親<ドクチン>」だ。ホラー映画「オクス駅お化け」(2022)の脚色や「覗き屋」(2022)の脚本を担当したキム・スインの長編映画監督デビュー作だ。
ドラマはある女子高生の死から始まる。河原のキャンプ場でユリ(カン・アンナ)が死体で発見される。車の中で複数の人々ともに死んでいたため、捜査に当たるオ刑事ら警察は集団自殺の可能性が高いと考える。だが、ユリの母親ヘヨン(チャン・ソヒ)は「娘が自殺するはずない」と猛抗議する……。
いうまでもなく、本作の基本はミステリーだ。ユリという女子高生の死の真相をめぐって、警察、ユリの母親、担任、級友などが激しく動き回るさまを、時制を行き来しながら描き出す。
警察は当初は集団自殺だと考えるが、母親のヘヨンは「娘が自殺するはずがない」と警察に抗議し、娘は殺されたのだと主張する。仕方なく、警察は自殺以外の可能性も考えて捜査をする。すると、謎が次々に浮上する。
それと同時に、ヘヨンは思わぬ行動に出る。ユリが死の直前に担任教師ギボム(ユン・ジュンウォン)と2人きりで会っていたことを知り、彼が怪しいと考える。また、優等生だったユリがアイドル志望の級友イェナ(チェ・ソユン)と交流を持っていたことから、彼女も怪しいと考えて2人を告訴するのだ。
断固として娘の自殺を否定し、犯人探しに突き進むヘヨン。その気持ちの根底には娘への強い愛があり、共感する観客も多いことだろう。
だが、次第に明らかになるのは、ヘヨンの異常なまでの娘への執着と拘束だ。彼女は、自分の理想通りに娘を育てようとして、娘を監視し、支配していたのだ。ユリはそのため、精神科クリニックに通い、うつ病の薬を服用していたのである。
ドラマの中盤で、邦題にある「毒親」という言葉が浮上してくる。それはまさにヘヨンのことを指す言葉だろう。
とはいえ、本作の特徴は、彼女のことを完全な悪女として描いてはいないことだ。娘への過剰な愛情がゆがんだ形で表出し、娘に恐怖を感じさせるまでになってしまう。そんな母親の例は、日本でもけっして珍しくはないだろう。つまり、誰でもヘヨンのようになってしまう可能性があることを、示唆しているのである。
暴力的なシーンを極力排除しているのも、ヘヨンを単なる悪女にしない配慮ではないだろうか。また、ヘヨンの言動の背景には、韓国の過度な学歴主義もあるように思える。真面目で優等生の娘を一流の大学に入れる。それこそがヘヨンの願いなのだ。しかし、それが彼女を暴走させる。
ともあれ、ミステリーとしての魅力の詰まった映画だ。SNS、現場から逃げ出した一人の青年、録音された音声、2台の携帯など次々に謎をばらまきながら、観客を混乱の渦に巻き込んでいく。
こういう話は取り立てて目新しいものではないが、それでも二転三転する展開で飽きさせない。そこにはホラー的なテイストも感じられる。刑事のセリフなどがやや定番すぎるきらいはあるものの、それほど気になるものではなかった。
ドラマの終盤、現場から逃げ出した青年が見つかったことから、ドラマは急展開を見せる。果たしてユリは殺されたのか、自殺なのか……。
ラストも秀逸だ。事件が決着したのちのヘヨンの姿を映すと同時に、担任教師ギボムの家族のドラマも映し出す。実は彼も父親から大企業に就職した兄と比較して、不当におとしめられ、罵倒されていたのだ。しかし、それまでは何も言えなかったギボムが、最後に明確な反抗の意思を示す。それはまるで、生前ヘヨンに反抗できなかったユリの気持ちを、代弁するかのような行動だった。
ミステリーという枠の中で、母と娘のゆがんだ関係を描いた本作は、女性監督によるエンタメ性と社会問題を両立させた作品という点で、イ・ソルヒ監督の「ビニールハウス」、キン・セイン監督の「同じ下着を着るふたりの女」などにも通じる作品といえるだろう。その中でも、よりエンタメ性が強いのが本作かもしれない。キム・スイン監督の今後の活躍に期待を抱かせる。
基本はごく普通の母親ながら一線を越えてしまうヘヨンを演じたチャン・ソヒ(ドラマ「ストーリー・オブ・マーメイド」「妻の誘惑」)、その母親に翻弄されるユリを演じたカン・アンナ(ドラマ「ペーパー・ハウス・コリア 統一通貨を奪え」)の演技も見事なものだった。
◆「毒親<ドクチン>」(TOXIC PARENTS)
(2023年 韓国)(上映時間1時間44分)
監督・脚本:キム・スイン
出演:チャン・ソヒ、カン・アンナ、チェ・ソユン、ユン・ジュンウォン、オ・テギョン、チョ・ヒョンギュン
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